メディア

「深き思索、静かな気づき」
No.121
「言葉の力」を磨く 三つの技法


これまで、職業柄、色々な企業の経営者や組織のリーダーを見てきたが、「自分の言葉が、社員や部下に伝わらない」という悩みを語る経営者やリーダーが少なくない。

もとより、この経営者やリーダーは正しいメッセージを語っているのだが、社員や部下の納得や共感を得られないという問題に直面しているのである。

その原因は、端的に言えば、「言葉の力」の欠如にある。そのため、正論を語っても、社員や部下の「心に残らない」「胸を打たない」「腹に響かない」という状況になっているのである。

では、「言葉の力」を身につけ、磨いていくには、どうすれば良いのか。

本論では、そのための「三つの技法」を語ろう。

第一は、「情景が心に浮かぶ言葉を語る」ことである。例えば、「顧客第一の精神で、お客様の満足度を高めましょう」といった言葉は、理念的・抽象的であり、社員や部下の心に響かない。しかし、「先日、お客様の忘れ物を渡すために、雨の中、駅まで走っていった店員の方がいましたが、こうした精神を大切にしたいですね」といった言葉の方が、その情景が生き生きと目に浮かび、心に残る。

いま、世の中には、経営学者やコンサルタントの影響もあり、理念的で抽象的な言葉を語ることが知的で洗練された表現であるとの誤解が溢れている。そのため、経営者も、「これからはパーパス経営の時代です」といったことを好んで語るが、実は、こうした言葉は、経営者の教養披歴にはなっても、現場で悪戦苦闘している社員には、響かない。

第二は、「自身が体験したエピソードを語る」ことである。体験的エピソードは、聞く側にとって、その場面が自然に目に浮かぶため、印象が深くなる。そして、自身の体験を語っているため、自然に言葉に力が宿る。逆に、いかに正しく立派な考えであっても、ただ本で読んだことを語るだけでは、それは単なる知識であり、言葉に力が宿らない。

しかし、この体験談を語るときは、失敗談を語るべきである。なぜなら、諺に「勝ちに不思議の勝ち有り。負けに不思議の負け無し」という言葉があるが、失敗談の方が、その教訓が明確に伝わるからである。逆に、成功談は単なる自慢話に陥りやすい。

第三は、「自身が深く信じていることを語る」ことである。なぜなら、経営者やリーダーが言葉を語るとき、社員や部下には「表面の言葉」よりも「深層の意識」が伝わってしまうからである。それゆえ、経営者やリーダーが、いかに「肯定的な言葉」を語っても、心の中に「否定的な想念」があれば、社員や部下は、恐ろしいほどに、その「否定的な想念」を感じ取ってしまうのである。

例えば、「当社には、輝く未来があります」と語っても、経営者が、それを本気で信じていなければ、その深層意識が社員に伝わってしまい、「何か嘘っぽい」と受け止められ、決して心に響かない。

もし経営者やリーダーが、社員や部下に、未来の希望を語りたいならば、まず自身が、その未来を心に描き、わくわくしながら語らねばならない。それは決して容易ではないが、それができたとき、「言葉」を超え、経営者やリーダーから発せられる「わくわく感」が、企業や職場に広がっていくだろう。

以上が、「三つの技法」であるが、これを実践してみると、読者は、その難しさに気がつくだろう。

第一の「情景が心に浮かぶ言葉」を語るには、情景描写の力に加え、描写に感情を込める力が求められるからであり、さらには、それを聞く部下や社員の気持ちを想像する力や、その気持ちに共感する力が求められるからである。

第二の「体験したエピソード」を語るには、実は、「経験」を「体験」にまで深める力が求められる。すなわち、誰でも何らかの経験は持っているのだが、その経験、特に失敗の経験を真摯に振り返り、「リフレクション」(反省や内省)を通じて、そこから大切な教訓を学び、掴み取ったとき、初めて「経験」が「体験」になり、豊穣な学びを伝える「エピソード」を語れるようになるからである。

第三の「深く信じていること」を語るには、究極、その経営者やリーダーの「信念」が問われることになる。そして、「信念」とは、ただ「信じること」で はなく、その経営者やリーダーの「生き様」であり、「人生に向き合う覚悟」だからである。

しかし、それでも、この難しい修業を続けていくならば、いつか、読者は気がつくだろう。

自身の語る言葉に、単なる「言葉の力」を超えた、「言霊」と呼ぶべきものが宿っていることに。