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「深き思索、静かな気づき」
No.124
「先回りの戦略」の時代
市場競争が激化する時代において、必死の努力をしても勝てない企業が増えている。例えば、横並びの競合企業に対して懸命に一歩リードしようとしても、相手も必死であり、そう簡単ではない。また、先行企業を追い抜こうと思って社員を叱咤激励しても、先行企業も決して油断せず、全力で走っており、追い抜くどころか、追いつくことさえ至難である。
では、こうした状況で、企業は、いかなる戦略を採るべきか?
「先回りの戦略」を実行すべきである。
すなわち、市場競争の主戦場が、次にどこに移っていくかを予見し、その主戦場に「先回り」し、競合企業よりも早く、その戦場での戦いを準備し、圧倒的優位を築いて、戦いに臨むことである。
この「先回りの戦略」については、著書『まず、戦略思考を変えよ』において詳しく述べたが、ここでは、本書より、次の言葉を紹介しておこう。
その先を読め。
そこから「戦略思考」が始まる。
その先に橋頭保を打て。
そこから「戦略行動」が始まる。
しかし、実は、こうした「先回りの戦略」は、以前は、極めて困難であった。なぜなら、市場における主戦場の移行が非常に遅かったからである。そのため、主戦場の移行の先を読み、「先回りの戦略」を実行しても、「待ちきれなかった」からである。
すなわち、こうした戦略においては、「戦略待機時間」(その戦略が効を奏するまでに、どれほどの時間、待つ必要があるか)と「戦略耐久時間」(その企業が、どれほど待てる体力があるか)が極めて重要であるが、以前は、ほとんどの場合、「待機時間」が「耐久時間」を上回っていたのである。
しかし、すでに時代は、過去の7年の変化が1年で起こる「ドッグ・イヤー」を超え、さらには、過去の18年が1年で起こる「マウス・イヤー」さえ超える時代になっている。
そのため、市場の変化と主戦場の移行が極めて速くなり、「戦略待機時間」が圧倒的に短くなり、「戦略耐久時間」の短い体力の無い企業でも、その主戦場の移行を「待てる」ようになったのである。
では、この「先回りの戦略」を、いま、筆者が携わっている「教育業界」に当てはめてみよう。
この業界で、現在、重要な議論になっているのは、「急速に進展するAI革命の結果、どのような人材が求められるようになるか?」という問いであるが、AI革命の初期には、「AI技術者の需要が高まる」といった議論が盛んであった。しかし、それが最近では、「AIに使われる人材ではなく、AIを使いこなせる人材が求められるようになる」という議論になってきている。すなわち、AI革命の進展に伴って、人材市場で注目される人材の条件が、変化してきているのである。
では、AI革命のさらなる進展に伴い、この人材市場の主戦場は、次にどこに向かうのか?
まず、次なる主戦場は、「体験的技能を身につけた人材」に移行する。なぜなら、単なる専門知識や知識資格を身につけただけの人材は、AIに代替されていくからである。そして、この「体験的技能」は、さらに「専門技能」(エキスパート力)と「汎用技能」(プロフェッショナル力)に分けられるが、専門技能の一部はAIに代替されていくため、汎用技能を持つ人材への社会的ニーズが高まっていくだろう。
では、この主戦場は、次に、どこに向かうか。
「成熟した人間関係力を持った人材」になっていく。なぜなら、AIは、細やかで洗練された対人的能力は発揮できないからである。
筆者が専門家として参加していたダボス会議では、AI革命の結果、人間に残る仕事として、1. ホスピタリティ、2. マネジメント、3. クリエイティビティ、の3つを挙げているが、前者2つは、「熟練した人間関係力」が無ければ決して取り組めない、極めて高度な仕事である。
されば、AI時代に活躍する人材とは、「成熟した人間力」を身につけた人材に他ならない。
だが、そうならば、教育に携わる人間は、極めて重要な次の問いに、正面から向きあうことになる。
「では、熟練した人間関係力と成熟した人間力を身につけた人材を、いかにして育てるか?」
実は、この問いは、これまでの偏差値教育と学歴社会が置き去りにしてきた問いに他ならない。
最先端のAI革命は、その古典的で普遍的な問いを、いま新たな次元で、我々に突きつけている。