メディア

「深き思索、静かな気づき」
No.116
ECSAIT(エクサイト)の時代


ローバリゼーションの時代と言われて久しいが、仕事において「海外交渉」や「英語力」が求められることは、日常茶飯の時代となった。だが、最近、「英語新人類」と呼びたくなる人材を、しばしば見かける。

職場の若手職員に、「あなたは、英語は話せますか?」と聞くと、「いや、英会話は全く駄目です」と真顔で答える。しかし、会議で、その職員に、「では、本件、米国に連絡し、詳細を詰めてください」と頼むと、翌日には、「先方からの回答です」と、仔細かつ的確な報告が上がってくる。

英会話は全然できないにもかかわらず、英語のコミュニケーションは、かなりのレベルでできる。

こうした「英語新人類」が出現する理由は、言うまでもなく、英語でのメール連絡などは、AI翻訳技術が助けてくれるからである。実際、ChatGPTなどに日本語で文章を打ち込むと、瞬時に、こなれた英語の文章が出てくる。この職員は、こうしたAI技術を使って、海外とのやり取りをしているのである。

筆者は、こうした技法を「ECSAIT」(English Communication Supported by AI Technology)と呼んでいるが、急速に進化するAIは、現在の誤訳の問題も高度な学習能力で超えていくだろう。それゆえ、この技法は、これから、英語コミュニケーションに「3つの大きな変化」を引き起こす。

第1に、ECSAITの時代、「英語力」の学び方と磨き方が、無駄のない最短距離の方法に変わる。

これまで、ビジネス英語の学習は、まず、基本の文法と文型を学び、自分のビジネス分野の専門用語を憶え、商品説明、企画提案、商談交渉など、様々なビジネスの場面を想定した英語の言い回しを学ぶことが基本であった。そして、これらの基本を身につけた後、いよいよ、実際の商談や交渉でのビジネス英語の実践に向かうというものであった。

しかし、ビジネス英語を学ぶための最も効率的で効果的な方法は、実は、こうした方法ではない。

最も無駄のない最短距離の方法は、自分が取り組む仕事において、実際に必要となる英語の表現や語彙を、その場その場で、学んでいくことである。

ただし、これまでは、この方法を実行するには、傍に英語の達者な先輩がいて、逐次、適切な英語の表現や語彙を教えてくれる必要があり、それは、現実的ではなかった。しかし、本格的なAI時代を迎え、我々は、いつも傍に「英語の達者な先輩」を置いておくことができるようになったのである。

すなわち、このECSAITの技法を使い、商談や交渉で伝えたい内容を、まず日本語で考え、直後に、その英訳されたものを見て学ぶという方法は、いまや、最も効率的で効果的な学習法になったのである。

第2に、ECSAITの時代には、「英語力」の奥にある「ビジネス力」こそが真に評価されるようになる。

筆者は永年、国際会議の場を数多く経験してきたが、「英語は流暢だが、あまり中身の無い話をする人物」と、その逆の、「英語はあまり上手くないが、説得力のある話、創造的な視点の話をする人物」を見てきた。しかし、前者の人物は、「日本人全体が英語下手」という時代には、「英語が喋れる」というだけで重宝されてきた。だが、誰もが適切な英語文章が書け、早晩、AI音声通訳さえ普及するECSAITの時代には、「英語力」の奥にある「ビジネス力」、発想力や企画力、営業力や交渉力、決断力や行動力こそが評価されるようになる。

第3に、英語コミュニケーションが、「ビジネスの世界」から「全人的な世界」に広がっていく。

もし我々が、ビジネスにおいて、相手と真に良い関係を築きたいならば、単に仕事の話をするだけでなく、ときに、趣味や興味、映画や読書、音楽やアートの話をすることが、互いの人柄や人間性を知る意味でも大切である。しかし、これまで我々が学んできたビジネス英語では、そうした「全人的対話」の世界には、感性的・知的な表現や語彙の不足により、なかなか踏み込めなかった。

しかし、ECSAITの時代には、こうした感性的・知的メッセージを伝えることは容易になる。そして、その世界に踏み込んでこそ、人間同士のコミュニケーションは深く、豊穣なものになるのである。

筆者が預かる学園は、アート系の教育を行っているが、毎年、世界40か国から800点を超えるアート作品が集まるオンライン展を開催している。

そこで、1万名の学生には、それらの作品を見て、その印象や感想を、ECSAITを使い、作者に直接、英語で伝えることを勧めている。それは、単なる英語教育を超えた、豊かな世界に向かうだろう。